第26回 株式会社角川グループホールディングス 角川歴彦

2010年は上海万博の年だ。角川文化振興財団の理事長として、その会場で遣唐使船を再現し、展示する計画を打ち出した角川歴彦会長は、「21世紀は知識の時代、知識を求めて旅立った遣唐使は、21世紀の万博にこそふさわしい」と言う。角川グループといえば、日本文学や雑誌『東京ウォーカー』に漫画雑誌・映画など幅広い分野で活躍する「知識の申し子」だ。だからこそ角川会長は文化・知識について大いに語る。そこからは「マージャンが作れて漫画が作れないわけがない」「エディターの作業は不滅」「50年後、中国は内向きになる」「中国人は先祖返りしている」などの名言が飛び出した。



中国本来の多様性を復活させることが重要 マージャンが作れて漫画が作れないわけがない


――中国のどこにいったことがありますか?


敦煌には行きました。まだ、クーラーがなかった時代です。中国中央テレビの招待でした。シルクロードの入り口ともいえる場所で、砂漠が広がり、日本の童謡『月の砂漠』そのままでした。ラクダで旅するという情景や、月牙泉という泉もあり印象深かったです。  北京の万里の長城には3回行きました。

ですから、「もういいです」という感じです。坂がきつくきびしいですから。北京の人は万里の長城に行けば中国がわかるような説明をしてくれますが、実際万里の長城に行ってわかるのは中国のほんの一部です。そんなに簡単ではありません。  それ以外に、西安の兵馬俑も見学しています。その際には、兵士像が並ぶところまで下ろしてくれました。「クリントン大統領と同じ扱いよ」などと言われて(笑)。万里の長城よりもその時のほうが感動は大きかったです。中国は始皇帝の墓を隠さずに、早く発掘したほうがいいと思います。少なくとも私が生きているうちにお願いしたいです(笑)。  また、四川省にある古蜀の遺跡も見せてもらったことがあります。あそこは昔から、中国にとっての外国人がつくったものと言われていますが、技術の高さは中国のレベルです。異民族があれだけのものをつくれるとは考えづらいです。あれも中国ならではのものですよ。


 

――歴史的に見て、日本は中国から大きな影響を受けていますね。


そうですね。でもそれだけではありません。日本人は揚子江周辺からやってきたという説が、かなり有力なのではないでしょうか。中国は小麦の文化だといわれてきました。ですが、揚子江沿いには稲作の文化もあり、それが日本に伝わったのです。中国の人から聞いたことですが、古代では中国東北地方の人を倭と呼んでいたそうで、それが漢民族に追われて日本へとやってきたということです。



遣唐使こそ21世紀の万博にふさわしい

――上海万博では遣唐使船を再現し、「ジャパンウィーク」に参加するとのことですが、そのきっかけは?


2004年に長安から遣唐使船の墓誌が出てきて、そこに刻まれていた井真成が日本人ではないかと話題になりました。そこで初めて中国で「日本」という言葉が使われたのです。当時の感覚からすれば、中国が「日本」を知ったということは世界が「日本」を知ったということです。井真成が中国に「日本」という言葉を伝えたことから、私は上海万博で遣唐使船を再現しようと考えたのです。発端は井真成ですが、遣唐使船をやるとなれば、阿倍仲麻呂や鑑真和上を取り上げるべきだと、今は思っています。  日本は純粋に知識を求めに、4艘の船に乗り500人の人が命がけの旅をしました。これは歴史上、他にないことだと思います。古代中国の元であれ、アレキサンダー大王であれ、戦争しに行ったのがはじまりでした。戦争の結果、実は文化の交流もあったという後づけの話です。ところが遣唐使船の目的は文化だけです。侵略する意図など全くありません。こうして中国から仏教を学び、医学や文学も学びました。  21世紀というのは知識の時代です。ですから、知識に関係した仕事をしている人は格段に増えています。私もそのうちの1人です。グーグルにしてもそうです。その知識の探求をさかのぼると遣唐使に行き着くのです。  実は元々映画もやりたいと思っていました。ですがまず、上海万博に遣唐使船を出し、中国の人にも日本の人にもしっかりと見てもらってからでないと、映画化はないなと思ったのです。


――遣唐使船が日本と中国を、過去と現代をつないでいるということですね。


そうです。遣唐使は1300年近く前の話ですから、日本の若者もよくは知りませんし、中国の人はもっと知らないでしょう。ですから、20世紀ではなく知識を求める21世紀だからこそ、万博でこういったことをする意義があるのです。  20世紀はある意味、戦争の時代でした。米ソの冷戦などがあり、もちろん知識という言葉はあり、勉学は重要でしたが、知識が人間にとってそれほど重要だとは思っていなかったのです。以前、それぞれの国や地域で知識は孤立したものでしたが、現在、知識は世界共通のものになっています。インターネットの普及がそうさせているのです。世界がつながっています。  21世紀の今、外国人同士が話をしていても違和感がありません。違和感があるのはそれぞれの国が孤立しているからです。私は中国に何十回と行っていますが、以前の日本と中国には違和感がありました。宗教の話をしてはいけないとか、そういう部分の話です。そもそも仏教という宗教は中国から伝来したものであり、仏教の経文も漢字でした。ですから、仏教を学ぶことと字を学ぶことは同じことだ 21世紀の今、外国人同士が話をしていても違和感がありません。違和感があるのはそれぞれの国が孤立しているからです。私は中国に何十回と行っていますが、以前の日本と中国には違和感がありました。宗教の話をしてはいけないとか、そういう部分の話です。そもそも仏教という宗教は中国から伝来したものであり、仏教の経文も漢字でした。ですから、仏教を学ぶことと字を学ぶことは同じことだったのです。宗教のことを語ればこうした話にもつながるのです。 漢字がなければ「因果応報」や「呉越同舟」といった四文字熟語も存在しません。四字熟語やそれに二字熟語もすべて中国の知識です。こういう複雑な知識は日本にはありませんでした。そのかわり純朴な気持ちはありましたが、世界一強い矛で世界一堅い盾を突いたらどうなるかという「矛盾」のような複雑な概念とは無縁だったのです。


中国の多様性が復活すればよい漫画が生まれる

――以前は中国から色々な文化が日本に入ってきていますが、現在は漫画などの文化が、逆に中国へと入っていっていますね。


そうです。これはコミュニケーションであり交流です。中国から行くこともあれば、日本から行くこともある。そういうことです。


 

――中国は自国の漫画やアニメ文化を形成できると考えますか?


中国の人の漫画やアニメの技術はすぐに日本の技術に追いつきます。そもそもマージャンを作った国民

が漫画を作れないわけがありません。ただ、それが面白いかどうかというのは別の問題です。  毛沢東の時代では、エンターテイメントはやってはいけないということになっていました。以前は国民を教育しなければならなかったのです。そいう一つの歴史の流れがあるのです。それを否定してはいけませんが一つのことを進めれば、一つのことを失うものまた事実であるといえるでしょう。そういう意味では中国はまだまだです。  中国が一体でなければいけないという状況では、漫画のようなものは育ちません。本来、中国はもっと多様な存在です。あれほど広い中国が、一つの色になるはずがないのです。いろんな意見があっていいはずでしょう。やはり文化の多様性が大事なのです。古代中国は国際社会であり、拝火教や仏教にキリスト教までありました。その多様性が復活すれば、漫画も面白いものが出るようになるでしょう。これは元々日本が中国から学んだことでした。中国のこれからには期待できると思います。

 


――台湾に進出した経緯をお教えください。


中国の出版は許可制ですが、台湾は届出制になっています。届出制になったので、台湾に進出したということです。台湾で中国人との付き合い方を勉強しています。



エディターは永遠に不滅

―ネットの時代になり、紙媒体にも影響が出ていますが、出版社にもまだ発展の余地があると思われますか?


まだまだあります。ものを生むのは人間であり、それがネットを経由するだけです。媒介するもの、すなわち「メディア」なのです。一つの手段にすぎません。私たちはそれに対応するコンテンツを生み出していけばいいのです。  ネットの時代になり、普通の人が本を書けるようになりました。角川では『魔法のiらんど』と提携して文庫を出しています。『魔法のiらんど』は携帯小説のサイトで、600万人が読んでいます。ですから大体、10代・20代・30代の女性の7割ほどが登録している計算です。ここに登録した人は読むと同時に自分でも小説を書きます。その中からまた作家が生まれていくのです。こうして消費者が内容を形成していくメディアをCGM(コンシュマー・ジェネレテッド・メディア)といいます。これは600万人が小説を応募してきているのと同じことです。  残念な話ですが、出版は600万のタイトルを出すことができません。ところがネットではできるのです。ここがネットのすごさです。その中で、どの小説が面白く、どの小説がつまらないかはわかりませんから、出版するにはそれを選ぶ「選考委員」が必要となります。それがエディターです。エディトリアルの作業は永遠です。ネットでも出版でも、それは人間がやることですから。  一方で、グーグルは検索結果を導き出すことをエディトリアルな作業だと言っていますが、あれは検索のランク付けなのでエディトリアルな作業ではないのです。  



角川歴彦 かどかわ・つぐひこ


昭和18年(1943)9月、東京生まれ。早稲田大学第一政経学部卒業。同41年3月、株式会社角川書店入社。平成5年10月から、同社代表取締役社長。同7年7月、財団法人角川文化振興財団理事長に就任。同14年6月株式会社角川書店代表取締役会長兼CEOに就任。同17年4月株式会社角川ホールディングス代表取締役会長兼CEOに就任。現在、財団法人日本出版クラブ副会長、財団法人日本映像国際振興協会理事、内閣官房知的財産戦略本部本部員、文化庁文化審議会臨時委員(著作権分科会)、社団法人日本経済団体連合会理事、東京大学大学院特任教授、早稲田大学客員教授、東京藝術大学大学院客員教授、神戸芸術工科大学客員教授なども務める。角川書店創業者の角川源義は父、同社前社長の角川春樹は実兄。


 


インタビュアー:『月刊中国NEWS』 編集長 張一帆


『月刊中国NEWS』 10年05月号掲載