新潟県知事 泉田裕彦



日中国交正常化を実現させた田中角栄元首相の出身地である新潟県。新潟県は1983年に黒龍江省と友好県省を提携し、黒龍江省との交流を進めてきた。観光促進策でも主なターゲットを中国に定め、2004年の泉田裕彦知事就任時と比べ、新潟県への中国人の訪問者数は2倍以上に跳ね上がっている。今回は泉田知事に、新潟県と中国との交流や、新潟県を中国との物流拠点にしようという戦略について話をうかがい、知事の中国に対する思いを聞いた。


日中友好のシンボル「トキ」

――中国にはよく行かれますか?


私の知事就任以来、最も多く訪問させていただいた国が中国です。新潟にとって中国は大切な友人だと思っています。もともと日中間の国交が正常化した際の日本の首相が田中角栄首相でした。また、距離的にも中国は近く、まさに一番大切な友人という思いが県民の中にはあります。今年の9月には、新潟県の佐渡でトキを放鳥し自然に戻しました。日本国内で絶滅したトキを中国から2羽、ペアで頂いて今年9月には122羽まで増えたのです。そのうちの10羽を放鳥しました。日中友好のシンボルというとパンダが有名ですが、私はトキだと思っています。


田中角栄氏とのエピソード

――中国人に日本を代表する人物は?と、たずねると必ず田中角栄氏の名が挙がります。田中氏に会ったことはありますか?


当時は中選挙区制でしたが、私は田中元首相の選挙区に住んでいました。直筆の色紙も先生からもらっています。


――どんなイメージですか?


の緊急全校集会で、「新潟県から初めて総理が出ました」と校長先生がお話しされたのを今でも覚えています。まさに郷土の英雄というのが物心ついた時からのイメージでした。


――もし田中角栄元首相でなければ日中国交正常化は遅れたのではないかと思います。ところで、中国でも新潟県の名前はよく聞かれます。特に新潟といえばお米ですね。このことについてどう思われますか?


日本から米の輸出を再開させていただいた時の第1号が新潟米でした。やはり日本一おいしいお米といえば新潟産のコシヒカリですね。なぜおいしいかというと、とても多くの雪が降るのです。山間部の雪の多いところでは冬の間には4、5メートルも積もり、ミネラル分を含んだ雪解け水が、田んぼに流れ込んでくる。それがおいしいお米をつくると言われています。中国でも、すしバーのお米などはこうしたものを使うといいと思います。日本でも贈答米として、人にプレゼントするためのお米があるのですが、最上級のお米で真心を伝えるという意味ではコシヒカリが最適でしょう


米作りの技術を指導

――日本のお米はとてもおいしいです。中国にその技術を指導するような試みはありますか?


技術で言いますと、どういう品種を栽培するかということと、方法に関して言えば、コシヒカリは密植して稲を植えると倒れやすくなるのです。また、肥料を入れて何とか頑張ろうとすると、窒素分が増えて味が落ちます。どういうふうに栽培するかということを考えなければ、ただ単にコシヒカリを植えても味が違ってくることになります。それらを含めて消費者に信頼される商品作りを進めていかなければなりません。一番の物を作るには、栽培過程・技術・仕分け・分別・流通までやらないといけないのではないかと思います。


また、農業技術に関しては、中国黒龍江省の三江平原というところで米が栽培されています。これについては、新潟県の亀田郷土地改良区の理事長だった佐野藤三郎氏がずっと中国と日本を行ったり来たりして三江平原の開発に協力したという経緯があり、私も今年、この平原まで行きました。日本が技術協力も資金協力もした上で、開発された三江平原ですが、皆さんに喜んでいただいているということもわかって非常にうれしかったです。今後も協力関係を続けていきたいと思っています。


――中国の経済は安定してきてはいますが、株価の下落などを見ると、日本のバブル期と似ている部分もありますね。



そうですね。ただ、やはり日本のバブルの時とは問題が違います。日本のバブルは経済が成熟してしまった段階で起きているのです。一方、中国は、経済的には青年なのです。そういった意味で、やはり中国には色々な問題があったにせよ、成長率は今まで2桁でした。それが、減速するにしろ、8%や9%、あるいは10%に近い数字をまだ出せる力がある。これは一言で語れないものがあります。中国を平均値で語るのは簡単ですが、地域的な成長率の差は大きいからです。高い成長率の所が少し下がっても、今度は他の地域が上がり始めます。それが、また経済を支えていくのです。中国は大きいですから、格差が縮小していくのであれば、次に成長するベルトゾーンがあるはずでしょう。東北地区や西部などがそれに当たります。ですから、上手くバランスをとりながら成長を続けていけばいいのだと思います。


インタビュアー:『月刊中国NEWS』 編集長 張一帆


『月刊中国NEWS』 09年2月号掲載