第30回 株式会社トーハン 取締役相談役 上瀧博正



ますます発展を遂げる中国。その中国と新たな関係を築き上げたのが、出版業界で物流を担う販売会社(取次)の大手、トーハンだ。トーハンは中国最大の国家級出版企業と合弁会社「中国出版トーハン株式会社」を設立し、7月20日に営業を開始した。8月30日には、中国北京市で開かれる「第17回国際図書展示会」で、中国メディアに向け大々的に記者会見が開かれるという。日本で中国の出版物を出版することを主な事業とするこの合弁会社について、またトーハンと中国との深いかかわりなどについて、上瀧博正相談役にお話をうかがった。


日本で中国との合弁会社、広がる文化交流

――中国との出会いや、中国の変化として感じたことをお教えください。


中国との最初の出会いは中学時代の漢文の授業です。そのころは戦争中でしたが漢文の授業はあり、李白や杜甫の詩を暗記しました。また、私は漢字が好きなのです。日本語は漢字と平仮名・片仮名ですが、漢字が中心でしょう。漢字は素晴らしい表現力を持っていると思います。 1982年、部長を務めていた時代に初めて中国に行きました。あのころのことは鮮明に覚えています。北京もまだ今のように近代化しておらず、中国の伝統的な建物も残っていて、いかにも中国らしいというところがありました。その時はハルビン・長春・大連と東北3省はすべて回り、北京からハルビンの空港に降り立った時には、360度何もなく、大きな真っ赤な太陽が輝いていました。文革からは10年以上たっていましたが、皆さん人民服で、男性と女性の区別がよくわからず、背の違いで判断するようなところがありましたね。 その次に行ったのが1993年で、この時は女性がとてもきれいに感じました。その前が人民服でしたから、非常に印象深かったです。また、建物も大きく変わり、経済発展による大きな変化を感じました。それからは毎年のように中国へ行くようになりました。


 

中国との関係、そして日本で合弁会社の立ち上げ

――中国に行った際には書店にも行かれると思いますが、どのような印象を持っていますか?



初めのころは新華書店でしたが、今では書店も増え店舗も大きくなりました。流通の見学もさせていただいたことがあり、何か物流でお手伝いができればと話し合ったこともあります。四川新華文軒有限公司と、西部大開発の一環として出版物流の一大センターをつくろうということで、成都に技術者を送るなどしました。これは2004年から2007年のことで、2006年には同公司の中心人物である王慶先生が亡くなり、一旦ストップした形になっています。そのあと、中国の出版は非常に発展したと思います。


 

中国語にするべき本、日本語にするべき本

――中国語にするべきだと思われる日本の本や、日本語に翻訳するべきだと思われる中国の本はありますか?



中国語にするべき日本の本と言っても、日本の書籍には幅広いジャンルがあり、一概にどれと言うのは難しいですが、いろいろあるでしょう。日本人の特性である細部まで気を配った編集やデザインはどの分野でも発揮されているので、すべての本にチャンスがあると思います。ただ、日本の固有の風土や文化に根ざすものは内容が限定されることもあるでしょう。 発展を続けている中国の市場を考えると、事業・ビジネスのハウツー関連や実績を上げられている方たちのドキュメントといった、感動を与えたり読むと元気をもらうことができるノンフィクションなどが日本の出版物としてお薦めしたいジャンルです。 実際に合弁会社ができたので、どの本を中国へ持っていくかは大いに研究したいと思っています。 とはいえ、中国側の個人旅行ビザの発行基準緩和などで日本と中国の交流はより盛んになると思われるので、従来以上に中国での出版の可能性があると感じています。 日本語に翻訳するべきだと思われる中国の本ということでは、中国には『論語』『孟子』などといった古典があり、日本では新しく翻訳しなおす、新訳が流行しています。ロシアの本である『カラマーゾフの兄弟』もその一つです。名作を今の言葉で読みやすい日本語にして出版しています。このように『論語』や『孟子』なども新しい読みやすい訳で日本の若者に読んでほしいのです。我々日本人の人間としての基本は、『論語』などの中国の古典にあったように思いますから。戦後焼け野原になり、経済的な復興が先に行なわれましたが、今後はこういったものも重視するべきでしょう。それに、悠久の歴史に培われた文化・漢方・風水・気功・書画などもそうです。その他、急速に発展する現代中国人の実態を読み解くという意味で、中国若手作家の文芸作品にも日本進出のチャンスがあると考えています。中国を理解したいという日本人の要求は、今後も増えていくでしょう。 また、原書ということでいえば、日本にいる外国人では中国の方が一番多いのですから、翻訳せずにそのまま日本に持ってきてもいいと考えています。



中国にはまだ政治的な意味で制限がある

――日中出版の違いについて教えてください。



日本が中国の漢字を輸入したこともあり、戦後も日中の関係は深いです。日本は中国からいい影響を受けています。ですが、戦争を境にして日本も変化しており、アメリカの影響もあって言論・出版はほとんど自由です。あまりに自由すぎて政治はやりにくいかもしれませんが(笑)。特に政治的な意味を持つ言論や出版は完全に自由である、と言ってもいいほどです。一方、中国は大幅に改善はされましたが政治的な意味で制限がありますから、こういったところは中国企業と日本企業とで仕事をしてく中で、中国側の事情を尊重します。とはいえ、我々が薦めたい、これはぜひ読んでいほしいという本に関しては、きちんと薦めていきたいと考えています。ただ、出版に関してストップしたいということであれば、それには従います。中国は急速に発展しているので、どこまで自由化していくかということもあるでしょう。我々も中国に対してマイナスになるようなことは望んでいませんから、現状でどれだけ中国のプラスになるようにやっていくかという面で、少しでも前進することができればと思っています。本来、出版は自由が原則です。日本側が協力することで自由化を進めることができれば、それが望ましいという思いです。


――中国で書籍の流通に参入する可能性はありますか?それはどのような形ですか?


たとえば日本でベストセラーになったであるとか、ヨーロッパやアメリカでヒットしたようなものを、日本国内にとどまらず取り入れて、中国の方々にお薦めしていきたいと考えています。ヒットするかはわかりませんが、ビジネスとして考えることは可能です。大体出版というものは今まで言葉が主ですから、日本の国だけで展開していました。コミックは世界的に広がってきていますが。言葉がもっと共通になればグローバル化できるのではないでしょうか。


――中国での著作権の扱いに関して、問題があると思いますか?あるとすればどのような問題ですか?


こういったことの交流は企業同士でしています。ですが、合弁会社の形であればただ版権の売買だけでなくいろいろな形でかかわることができるでしょう。 一つヒットしたものが中国で海賊版がでたりしますが、それに関してどう対処していくかという課題はあります。中国の発展によって自国で開発するコンテンツもあります。自国でのコンテンツが立ち上がってくれば、自国のコンテンツを守る必要が出てくるので、そうすると日本のコンテンツも守らなければならないでしょう。その相乗効果の中で、著作権問題は解消されていくと考えています。



上瀧博正,昭和4年12月12日生まれ、福岡県出身。昭和28年2月、東京出版販売株式会社(現・株式会社トーハン)入社。同年3月、中央大学法学部卒業。昭和53年6月、常務取締役就任。昭和63年、専務取締役就任。平成3年6月、代表取締役社長就任。平成11年6月、代表取締役会長就任。平成22年6月から取締役相談役。


 


インタビュアー:『月刊中国NEWS』 編集長 張一帆


『月刊中国NEWS』 10年10月号掲載