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第24回 株式会社ジェイティービー 代表取締役社長 田川博己



2010年、上海万博の年である。これは中国にとって大きなイベントとなるだけでなく、アジア全体としても期待が大きい。日本において、その上海万博の入場券の総代理店を務めるのが、日本ナンバーワンの旅行会社であるJTBだ。旅行業を「交流文化産業」と位置づけるJTBの田川社長は、文化交流という面からも万博に大きく期待している。 またホスピタリティー、つまり「もてなし」についても言及。「『旅の手配』は旅行会社の必要条件、だが十分条件である『説明する』ことができて初めて本当の旅行会社」と言う田川社長は、この意味で「中国の旅行業は50点」とした。だが「中国の皆さんにノウハウを教えれば3年、5年で追いつくのでは」とも話し、北京市旅遊局とも共同で旅行業者向けのセミナーを開いていることを明かした。日本と中国の旅行業を田川社長が大いに語る内容だ。



文化を知ってもらうサービスが必要


――2012年に創業100年を迎えるそうですが、今に至るまでで最も苦労したことは何ですか?


旅行業ですから、世の中の流れに影響しています。この20年間で言えば、大きく影響したのは90年代

半ばの湾岸戦争、その後の阪神大震災などどの天災です。2000年以降は9・11の同時多発テロ、SARS、そして今回のリーマンショックと新型インフルエンザでしょう。SARSや新型インフルエンザは国際交流をすべて止めてしまうので大きな打撃となりました。平和でないと旅行業はできません。歴史的に見て、戦争や疫病などがあると仕事の仕方がどんどん変わってしまうので、旅行業は大変になるのです。そういった時には苦労します。



旅行業は「交流文化産業」

――旅行とは人の交流と関係がありますね。



そうです。我々旅行業というのは「交流文化産業」です。単にA点からB点に移動させるというのでなく、人が交流することで新しい文化が生まれるのです。それを仕事としてサポートしています。 もう4年ほど「交流文化」という言葉を使って仕事をしていますが、少しずつ新しい成果が出てきているところです。観光地を紹介するだけでなく新しい観光地の開発をしたり、その土地でイベントを作ったり、お祭りを作ったりという成果が出ています。今後は国際交流の場所を作り出すというのが旅行業の仕事になるのではないでしょうか。



――上海万博期間中は日本からどれくらいの観光客を見込んでいますか?また、万博に向けての取り組みをお教えください。



JTBは上海万博入場券の日本における総代理店を務めています。私どもが向こうから言われているのは、日本の全旅行会社で「100万人ほど送ってほしい」ということですけれども、なかなかそこまでいくかどうか分かりません。 100万人とは実際大変な数ですが、上海の旅遊局長の道書明さんから是非頼みますといわれていますので、できるだけその数に近づけるようにしようと思っています。


 

――上海万博は全体で7000万人の入場者を見込んでいるそうですね。


はい。ですが、7000万人を超えるのではないでしょうか。日本の大阪万博の時ですら6500万人でしたから、30年以上経ち、世界の交流の人口は当時と比べ増えているので、上海万博は1億人はいってもいいと思います。今回の万博は、中国だけでなくアジア全体として期待しているのです。日本・韓国・中国がオリンピックをやり、万博をやりというように、このレベルでの国際交流が始まれば、やはりアジアの交流はさらに深まります。



北京市政府の観光顧問として

――JTBは中国にも進出していますが、その経緯と苦労した点・工夫した点をお教えください。


まず、日本から中国に行くお客様をお迎えするランドオペレーター的な会社を、中国で合弁会社を設立しました。ですが、それだけで本当にお客様を満足させられるだろうかと考えました。「交流文化産業」をやっていくには、それぞれの観光地で新しいことを作り出すであるとか、新しい地やイベントを作り出すなどということが必要です。そこで錦江国際集団とイベント会社を作るということもあり、センターにJTBチャイナ〔佳天美(中国)企業管理有限公司〕というホールディングスを作って、中国でいろいろな業務をやりながら、行政の皆さんとも色々なことをやっていこうということになったのです。 我々には長い間、日本ナンバーワンの旅行会社としてやってきたという伝統的な良さもありますから、是非、旅行業のやり方や仕組み、ホスピタリティーというものも中国の皆さんに伝えたいと思っていました。こういった話をしたら国家旅遊局長の邵琪偉さんから、そういうことをやってほしいということで、私は北京市政府の観光顧問になりました。旅行業の指導をし、旅行業の品質・サービスを上げていくためのセミナーを北京市の旅遊局と協力して作りやっていくことになっています。また、山東省や浙江省でもいろいろやっています。これから中国は一番発展する要素がありますから、3年・5年・10年という時間の中で欧州や米国から来るお客様に対しても、中国での旅行を紹介していくことになるでしょう。つまり、日本人だけのためにホールディングスを作ったのではなく、「国際交流」が目的なのです。  



中国は1級品の観光素材を生かすべき 

――中国の旅行業にはまだまだ不十分な点があると思いますが。



日本も30年・40年前は赤ちゃんのようなもので、本当にいい旅行というものを作ることができませんでした。観光地の素材をしっかりお客様に伝え、作り上げ、需要の喚起をするする、当時はそういうところまではできていませんでした。それが時間を経て、観光地に行くだけでなく、新しく何を伝えるかというところまで考えるようになったのです。 中国の旅行の仕方もどんどん変わってきています。九寨溝などの世界遺産も今はただ見せているだけだけれども、そこに意味を持たせることができれば、中国の国の文化がもっともっと伝えられ、そのすごい観光素材がさらに輝きを増すと思うのです。そういうことについても共同で開発していく要素はあるのではないでしょうか。



――日本から中国にいった場合、苦情などもあると思いますがいかがですか?


10年目に比べたらずいぶん少なくなりました。トイレのことやインフラに関する部分の苦情は多くありましたが、やはり北京オリンピックを経て本当に良くなりました。主要な場所はほとんど問題ないと思います。あとはサービスをする側のホスピタリティーです。つまりは人の問題で、これは質が上がるまでに時間がかかります。それぞれの国民性がありますから、いいか悪いかは別として、外国の客人が来た時にどうもてなすかというホスピタリティーは欧米がやはり最も高く、次に日本、中国はまだまだ低いのではないかと思います。こういうものの発展はこれからです。日本も東京オリンピックを開催し、大阪万博を開き、それにともなってホスピタリティーも上がってきたという経緯があります。ですから上海万博はとても期待しています。そういうことも中国にとって大きなことだと思います。国土が大きいので平均的にレベルを上げていくというのは難しいと思います。ですが、上海や青島や杭州など主要な地域が少しずつ上がってくれば、平均的に上がるようになるでしょう。全体的にレベルが高くなれば、これは非常に強力な旅行文化が生まれる素地があるといえます。素材は皆1級品ばかりですから。



――方で中国は、観光地のチケット価格がどんどんと高くなっているという印象がありますが。


それもそうですね。上海万博でも値段を極端に吊り上げないようにしてほしいとは言っています。万博のようなものは中国の文化を世界に伝えるには非常にいい機会だと思いますから。 単に多くの人が来て良かったなというのではなく、中国の皆さんが世界へ出た時にどういうポジショニングでいられるかというのも見る必要があります。上海万博はそういう意味で大きな節目になると思います。



――中国はどのように観光地を見せればいいでしょうか?


古いところと新しいところが融合した部分をうまく見せていったほうがいいと思います。九寨溝などのような世界遺産は見に行けばその良さが分かるのですが、北京や上海などでは古いところと新しいところを同じ空間の中で上手に見せていくべきです。そういうようなことは欧州がうまく、パリでもロンドンでも、その融合を上手に見せています。中国にはそういう気風がないのです。旅行の心理として古いものを見るということは非常に楽しいことですが、古いだけだとつまらないものです。新しいものも同時に見せる、1+1を3にするような見せ方をすると観光客はもっと増えるでしょう。 また、「古きを訪ねて新きを知る」というのが旅の功ですので、4000年の歴史というのは非常にありがたいです。日本でも奈良遷都1300年祭があるのですが、歴史というのは全世界の人に関心を持っていただける共通項だと思います。そこから始めればいいのだと思います。



品質を保つにはパッケージツアーが重要

――今は飛行機で個人でも簡単に旅行が楽しめます。ツアーの意味はどこにあると思われますか?


旅行というのは目に見えないものであり、クオリティーという意味ではパッケージが重要です。ホテルにしても、食事にしても、そこで品質がしっかり守られているかどうかが重要です。品質を守るのが旅の高度化につながるのです。旅行が陳腐な状態というのは安売り旅行ばかりやっている状態で、基本的にクルーズ旅行であるとか高品質なものがあり、安いものもあるというのが良い状態なのです。単なる安売りというのはいつか企業なり、事業なりをダメにしてしまうので、質をしっかり守るということが重要なのだと思うのです。ちょうど中国は旅行業として質を守ることが重要な時期に入っていると思います。日本でも70年代・80年代に質を問う時代があったのです。上海万博を契機に、旅行の質が高まるということを大いに期待しています。 日本では、こういうことがあった場合には補償をしなさいというパッケージ旅行の規定があり、厳しいものですが、それを守りながらお客様に提案し商品化しているのです。そういうことが中国でも必要なのではないでしょうか。 また、2万円、3万円のものを5000円や1万円で売ってはいけません。質が保てなくなります。提供する側がそうとうのポリシーを持たなくてはいけないのです。そうしないとあっという間に安売りが始まり陳腐化してしまいます。これは非常に難しいことなのですが、私はそういうことはしたくないので、単に値段を下げるということはしません。必ずしっぺ返しがきます。デフレスパイラルの厳しい時期ですので、こういったことはとても気をつけなくてはいけないと思っています。


 

中国から日本に来てもらうためにするべきこと

――中国への旅行には力を入れていますね。


入れています。インバンドを増やす、アウトバンドを増やすというのは日中間の移動がどれくらいあるかによって相当変わってくると思います。中国からのインバンドは100万人、中国へ行くアウトバンドは300万人以上です。本当はパラレルな状態になるのがいいのですが、ビザなど制度の問題で厳しい部分があるので、旅行会社ががんばってもどうもできない部分があるわけです。空港や飛行機の問題もそうです。ですが、将来的に数百万人ずつ行くようにならないと、中国も日本も困るのではないかなと思っていますし、日本には100万人でも、東南アジアのシンガポールやクアラルンプールなどにはもっと多くの人が行っている現実もあります。そういう意味で、日本はちょっと来にくいのかなという心配はしています。 長い目で見ればビザなど制度上の問題もクリアになっていきますし、今度羽田がオープンして行きやすくなればもっともっと活発になるとは思います。今でも、日本から中国の19もの都市に飛行機が飛んでいますし。



――今後の10年で、中国からのインバンドはどれくらいになると思いますか?


日本から行く人数が300万人以上なので、同等の300万人ほどはいってほしいというのが、我々の希望です。今、韓国と日本はほぼ同等の数字です。250万人行けば250万人来るというような状況です。こういう状態がいい状態です。 もし、中国から300万人来るようになれば、相当な経済効果があります。正直言うと北海道や九州の観光は、中国や韓国からの観光客なしでは成り立たない状況ですから。特に北海道はそうです。 各都道府県の知事たちも中国へ行って観光客の誘致活動をしています。日本の人口が減っていくという現実を考えれば、10年・20年・30年とかかりますが、中国などの外国から観光客が来てくれなければ、日本の観光地は疲弊してしまうでしょう。 また、欧米から来ている数は830万人程度です。多くないです。フランスは外国から8000万人来ていますし、(外国からは)日本より中国へ行く人数のほうが多いと思います。日本はこれだけ観光地がたくさんありながら外国人観光客が少ないのです。島国だということもあり、なかなか難しいですが。



――外国人に見てほしいものもあるでしょう。


ありますね。日本の旅というと化粧品などのショッピングや、新しいところを見に行くことが多いですが、日本の「古きを訪ね新しきを知る」という意味では、日本の伝統的な文化を教えるようなプログラムがほしいところです。そういうプログラムをしっかり作っていかなければいけません。日本独自の文化をちゃんと伝えられていないのです。国土交通省の前原大臣が、中国に情報発信基地を作るとおっしゃったので、中国にたくさん日本の情報発信基地を作ってもらって、もっと日本の伝統的な良さや近代的な良さをちゃんと伝え、それに見合ったツアーをもってくるということをしないと、中国から300万人以上というのは無理ではないかなと思っています。銀座などをショッピングで行っても、それは日本の断片を見ているに過ぎませんから。中国の皆さんも日本へ来たら、いろいろな伝統文化を見たり聞いたり体験したりしてもらえるようにツアーのプログラムを組まないといけないのです。そういうツアーをやりたいということで、中国の旅行会社さんと共同で、商品を作ったりしています。まだまだ浸透するには時間がかかりますが、しっかりやっていこうと考えています。 それから、青少年交流をたくさんやらないといけません。特に日中間で、学生さんや若者がもっと自由に往来できるような仕組みや仕掛け、イベントを作るべきだと思います。長い目で見れば、それがその国の文化を伝えていく近道なのです。今、欧米に留学し帰ってきて、中にはMBAを取った方もいらっしゃるでしょう。そうやって欧州文化や米国文化を学びます。それと同じように中国から日本に来ていただくような、青少年交流をやっていく必要があるのではないかと思っています。

 


旅の意味を「説明する」ことが重要

――中国の人に行ってほしい日本の場所はどこですか?


一番知ってもらいたいのは、京都や奈良ですね。日本人が一番好きなのが京都なのです。京都だけで年間5000万人以上が訪れます。ちょっと異常なぐらいです。日本では中学生・高校生が必ず修学旅行に行きますが、大きくなってまた京都に行くのです。日本の伝統文化が凝縮しているところですから。東京はしょせん江戸幕府ができて以降の400年ほどの街ですが、京都は1200年、1300年の歴史があります。そういう意味では歴史の重さが何倍も違います。 その次は北海道です。ここはアジアの中では特異な自然を持っているところです。北海道の持っているスケールは、スイスやカナダ・ニュージーランドなどと同じレベルで、中国の広大な土地とも意味が違い、緑が豊かな中での広大な土地がるのです。これはアジアの他の場所にはないのではないでしょうか。 3番目は九州です。どうして九州なのかというと、天孫降臨など日本の宗教ができたのが九州だからです。宮崎県や熊本県・鹿児島などには日本の伝統芸能が色濃く残っています。食や名所ではなく、そこに住んでいる人を見ていただくには九州が一番いいかと思います。 なぜ東京が三つの中に入らなかったかというと、東京は黙っていても人が来るからです。東京は一番難しい場所ですが、西洋も含めた様々な文化が混ざっているのが東京です。もし欧米文化をかじりたいなら表参道を歩けばいいでしょう。



――中国の旅行会社のサービスをどう評価しますか?


辛口に言えばまだまだ50点ぐらいだと思います。一生懸命おやりになっていますが、特に中国の方を日本に送り出す時のやり方などはまだまだ勉強したほうがいいかと思います。その国を知るということをしたほうがいいでしょう。世界の国はそれぞれみんなホスピタリティーが違いますので、その国に行く時はお客様に事前に説明する必要があります。日本でも、アフリカなど割りあい特殊な国に行く時は説明会を開きます。中国ではあまりそういうプロセスはお取りになっていらっしゃいません。ツアーで日程を作ってすぐ行ってしまうのです。 私は「旅には力がある」と言っていて、文化とか交流とか教育とか健康とか旅にはいくつかの力があるのです。ですから、この旅は皆様にどういう力を与えるかというのを言わなくてはいけません。健康にいいですとか、交流が人生の勉強になりますといったようなことです。「旅の手配」は旅行会社としての必要条件ですが、本当の旅行会社になるためには十分条件である「説明する」ということをしなくてはいけません。コンシェルジュするのです。そういう部分を含めると50点なのです。北京市の旅遊局のほうから言われているのは、こういった「説明する」という部分についてセミナーを開いてほしいということです。こういったクオリティーが上がっていけば、大変なサービス業になっていくのではないかなと思っています。 日本もこの20年ほどの間にこういうことがきるようになったので、中国の皆さんにノウハウを教えれば3年、5年で追いつくのではないかなと思っています。そのようにがんばってほしいです。


 


インタビュアー :『月刊中国NEWS』 編集長 張一帆


『月刊中国NEWS』 10年03月号掲載


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